建築作品×不動産ファンド

研究理事 北村 邦夫

 最近の不動産取引で目を引く事例に出会った。1つはオリックス不動産投資法人が取得した「外苑西通りビル」、もう1つは、いちごが取得した「ホテル・イル・パラッツォ」。何れも建築家の作品として有名で、建築設計分野の40代以上の人間なら誰でも知っている。前者の設計は設計組織アモルフ・竹山聖で1991年竣工、当時の名称は「TERRAZZA」、後者は一世を風靡したイタリアの建築家アルド・ロッシの設計で1989年竣工。何れも竣工したのはバブル絶頂期、イタリアのファッションや食事が流行った頃で建物名称もイタリア語である。当時の日本は不動産ブームであったため、海外の著名な建築家が作品を実現する機会に恵まれていた日本で多くの仕事を残した。コンセッションで話題になった関西国際空港の旅客ターミナル(レンゾ・ピアノ)、東京国際フォーラム(ラファエル・ヴィニオリ)等枚挙にいとまがない。

 筆者が注目したのは建築家の作品が不動産ファンドの投資対象になったことである。今回の「外苑西通りビル」の取得理由として作品性を積極的に評価したかどうかは不明であるが、少なくとも投資収益性の面で遜色ないと判断されたと考えられる。以前より、福岡リート投資法人が保有しているキャナルシティ博多(ジョン・ジャーディ)や呉服町ビジネスセンター(マイケル・グレイヴス)等の事例もある。

 3年前の本コラムで、良い建物は「用・強・美」の3つの条件が満たされていることと古代ローマ時代より唱えられてきたことを紹介し、現在の投資市場では美の要素に対する評価が未成熟と問題提起した。美の解釈・評価は難しい。19世紀末のフランスの高踏派詩人ポール・ヴァレリーの詩「列柱のうた」の一節で、次のように表現されていた。「建物には3つの種類がある。1つは沈黙する建物、2つめは語りかける建物、3つめは歌い出す建物」、良い建物とは3つめである。建物は建造物である一方、デザイン性やその根源にある思想やメッセージを何十年にもわたりパブリックに表象し得るものである。その投資価値をどのように評価したらよいのか、価格評価において将来のキャッシュフローや割引率への反映法は実証を通じて確立できるのか、実務面の検討課題は多い。タニマチ的な投資家に訴求できれば、投資合理性のみで判断する投資家より、共感と愛着を理由に長期間しかも利回りを多少犠牲にしての投資も期待できるかもしれないが、その資金量には限りがあり、プライベートな趣味の域を出ない。一方、公的年金等の大手機関投資家の資金は、エンドの契約者等への説明責任を負っているためにハードルは相当高そうである。ESG投資のコンセプトの理解や浸透に時間がかかっている現状からみて容易に想像できる。では、観光・学習資源や映画・TVの撮影舞台としてのプロモーションにより、ソフト資産としての価値を新たに固定資産価値に上乗せ出来ないのか。そのために、不動産と金融のプレイヤーに加えて設計・デザイン分野のプレイヤーも参画する検討の場があっても良いと、今年のノーベル文学賞がボブ・ディランに決まったニュースを聞きながら考えた次第である。

(株式会社不動産経済研究所「不動産経済ファンドレビュー 2016.10.25 No.409」 寄稿)

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