海外市場調査部 副主任研究員
河原 和人
注目を集めるインド不動産市場―日系企業の進出動向と市場透明化への期待―
インドでは近年、経済発展にともないインフラ整備や都市化が進み、不動産市場の規模が拡大している。ビジネスが活発となる中、オフィスや商業施設、物流施設などの商用不動産の需要が高まっているほか、世界最大の人口規模が下支えする住宅需要にも期待が寄せられている。成長著しい不動産市場に商機を見出し、インドに進出する日系企業は増えつつあるが、タイやインドネシア、ベトナムといった他のアジア新興国への進出ペースと比較すると、日系企業の姿はまだ少ない状況である。本稿では、まず、日系企業の不動産関連でのインド進出動向を概観する。その上で、進出の妨げのひとつとなっている煩雑な土地の権利確認プロセスの現状を確認し、足元で進展するインド政府による不動産市場の透明性向上のための取り組みについて紹介したい。
1.日系企業によるインド不動産市場への進出動向
まず、アジア新興国の不動産市場における日系企業の進出動向を見る。日系企業による投資件数を見ると(図表1)、直近5年間で最も多いのはタイ(83件)で、インドネシア(46件)、ベトナム(35件)が続く。インドは13件と少なく、これから日系企業各社が調査、投資検討を本格化させる段階にあると考えられる。
これまでの日系企業によるインドへの進出事例は、ほとんどが不動産開発である。理由はいくつか考えられるが、①外資規制により外国企業は既存の収益不動産の直接取得が禁止されている点(なお、不動産を保有する会社を対象とするM&Aでの間接的な取得は可能)、②不動産開発業は、外資出資比率の制限なしに参入可能である点、③リスクの観点から、短期回転ビジネスとしての不動産開発を重視する点、④投資適格な不動産が少ないため、不動産開発が現実的な進出路線となっている点などが挙げられる。各進出事例の具体的な内容を見ると、ムンバイやチェンナイといった大都市でのオフィス開発や分譲住宅開発プロジェクトが主である。
2.インド不動産への投資を阻む煩雑な権利確認プロセス
インド進出にあたってよく聞かれる問題として、土地に係る権利関係の確認プロセスの煩雑さがある。日本を含む多くの先進国・地域では、土地に係る情報(所有者の変遷や抵当権の設定の有無など)は登記簿にまとめられており、これを確認することで権利関係の把握が可能となっている。一方、インドでは土地登記制度が未整備で、各州に設けられた登録所には、土地ごとの売買契約書や賃貸借契約書といった取引文書が年代順に編綴されているだけである。土地に係る権利確認を行う際には、書式や使用言語が統一されていない取引文書を年代順に遡り、所有権の来歴や抵当権設定の有無を確認する必要がある。
取引文書を遡って確認する期間としては、30年が一つの目安となっている。これは、インドにおける抵当権の行使期限が30年であることなどが背景にある。しかし、30年分を調査したとしても、取引後に第三者が権利を主張し訴訟に発展する可能性が排除できるわけではない。土地所有権の帰属を明確にするためには、相当な労力と時間が必要となり、これが日系企業の投資の妨げとなっている。
これまでの日系企業の進出事例をみると、業界に精通したインド企業を現地パートナーとして事業を進めているケースが多い。上記の煩雑な土地の権利確認をはじめ、開発許可の取得といった手続きにおいて、現地パートナーの協力を仰いでいるものと考えられる。
3.インド政府による不動産市場の透明性向上のための取り組み
上記のように、インドでは土地に係る情報を一元的に管理する制度がないため、土地の権利に関する紛争や詐欺が多く発生している。この状況を改善するために、インド政府は2016年から「Digital India Land Records Modernization Programme (前身となるNational Land Records Modernization Programmeは2008年より実施)」を推進しており、インド全土の土地情報を電子化し、2026年までに統一的なデータベースの整備を目指している。2024年9月19日時点で土地記録の登録は95.44%、地籍地図のデジタル化は71.98%まで完了している。本データベースが実用化することで、土地に係る権利確認が容易になり、効率的な不動産取引が可能になると期待される。
市場透明性を向上させる取り組みは、土地関連だけではない。2017年には不動産開発業者を規制する「Real Estate(Regulation and Development)Act, 2016」が施行され、不動産規制庁(Real Estate Regulatory Authority)への開発プロジェクトの登録義務化および、登録を怠った場合やプロジェクトに遅延が発生した場合における罰則規定が設けられた。これにより、常態化していたプロジェクトの遅延が是正され、不動産市場における消費者の保護と透明性の確保が進展している。さらに、2019年に上場REIT市場が創設されたことも、透明性向上に寄与すると考えられる。
土地情報のデータベース化をはじめとする市場透明化の推進は、長期的な不動産市場の健全な発展を下支えするだけでなく、海外投資家の投資リスクを低減させ、市場規模の拡大にもつながるだろう。進出における障壁が着実に下がれば、今後、日系企業の進出ペースも加速すると予想する。