【海外不動産レポート】シンガポールの都市戦略と住宅市場
シンガポールにおける住宅ストックの約8割は政府の供給する公共住宅であり、民間住宅は全体の約2割に過ぎない。しかし、シンガポール経済の発展とともに、高品質な民間住宅への需要は拡大する傾向にあり、日本企業も含め、新規参入する事例が増えている。本稿ではシンガポールの都市戦略と住宅市場の関係に触れながら、シンガポールの民間住宅市場の見通しについて考えてみたい。 |
1. シンガポールの経済発展と住宅市場
2010年にシンガポールの1人あたりGDPは日本を抜き、アジアの中で最大となった。シンガポールが、マレーシアから独立して僅か45年間で、急速な経済成長を果たせたのは優れた都市戦略と政府の強力なリーダーシップによるところが大きい。つまり、東京23区程の面積しかない、限られた国土を最大限活用するために、政府主導で都市開発を推進することで、国際都市としての魅力を高め、海外からの投資資金や優秀な人材を積極的に呼び込んできた。このことが、シンガポール経済を急速に発展させる原動力となってきたと考えられる。
こうした政府主導の都市開発を推進する上で、重要な役割を果たしてきたのが「コンセプトプラン」である。コンセプトプランは、政府が長期的視点で総合的に都市開発計画を示した概念的な計画であり、より具体的な実行計画となる「マスタープラン」の上位計画にあたる。当初のコンセプトプランは国連の支援を受けて、1971年に策定された。この時点では環状に広がる地下鉄(MRT)や高速道路等の交通網整備といった、都市の基本的なインフラ整備に重点が置かれていたが、とりわけ建国当初の住宅不足は深刻であり、住宅基盤の整備が最大の政策課題の1つとして位置づけられていた。こうしたコンセプトプランのもと、住宅開発庁(HDB)が主体となって、意欲的に公共住宅(HDB住宅)が分譲され、近年ではシンガポール国民の約8割はHDB住宅を購入・居住し、その持家比率は約9割に達している。こうした背景から、民間企業が開発した住宅(民間住宅)は全体ストックの約2割にすぎない。
1980年代後半になると、高速道路や地下鉄などの整備に一通りの目途がつき、次第に生産性向上やライフスタイルの質向上へと関心が向かった。そして1991年、20年ぶりに改定されたコンセプトプラン(改定コンセプトプラン)には、それまでの経済発展を支えてきた労働集約型産業から、資本集約型産業やハイテク産業を中核とする産業構造への転換が示された。この改定コンセプトプランに基づき、研究開発、金融、IT等の分野で海外から優秀な人材を積極的に確保する政策が推進されると、外国人居住者の増加につながった。
ところが、外国人居住者は原則としてHDB住宅を購入できない。また、外国人居住者はHDB住宅を賃借することはできるが、その多くは低所得者層向けの物件となっている。そこで、外国人居住者向けの高品質な民間賃貸住宅の需要が高まり、香港返還やアジア通貨危機に至る1997年頃まで、民間住宅の賃料高騰が続いた(図表1)。更に外国人居住者やシンガポール国民の市民権・永住権を獲得した世帯が、賃料高騰の影響を避けるために民間住宅を購入するという需要も拡大し、1991年頃から民間住宅価格の上昇幅が拡大した。
2005年以降は外国人居住者が加速度的に増加し、民間住宅価格指数も3年間で約56%上昇した。2010年以降もアジア経済の拡大に伴って、中国、マレーシア、インドネシアからの投資資金もシンガポールの民間住宅市場へ流入するようになり、これが住宅価格を一段と高騰させる要因となった。こうした住宅価格の高騰が、国民の生活に悪影響を及ぼしかねないと危惧した政府は2010年2月以降、度重なる住宅投資抑制策を打ち出してきた。一連の住宅投資抑制策が奏功し、2012年以降の住宅価格は調整局面を迎えつつある。
2. 今後の市場と民間事業者
図表2はシンガポールの民間住宅価格(前年比)と1人あたりGDP(前年比)を比較したものであるが、両者には一定の関連性が認められる。これまでは積極的に外国人居住者を受け入れ、1人あたりGDPを高めることで、民間住宅への需要が拡大してきた。しかし、現在、シンガポールで議論されているような外国人居住者の流入を抑制する政策が強化されれば、これまでの移民政策に強く依存してきた経済発展モデルから、より自立的な経済成長によって、1人あたりGDPを高める政策への転換が求められる。
仮に今後もシンガポールが順調に1人あたりGDPを伸ばしていければ、民間住宅価格が安定的に推移することになる。また、より高い品質を求めるシンガポール国民のニーズも、民間住宅への需要を更に拡大させることにつながる。HDBは民間企業の力を借りて「エグゼクティブ・コンドミニアム」(民間企業が建設プランから販売までを一括して行う公共住宅)の供給を行っている。前述の改定コンセプトプランにおいても、民間住宅の比率を高めることが中長期目標として掲げられており、今後も日本企業も含めた民間事業者による活躍の場がますます広がっていくものと考えられる。
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