カジノ施設の立地が不動産市場に与える影響

研究統括部 兼 私募投資顧問部 研究員   川村 康人

 カジノ法案や、カジノを含む統合型リゾート施設(IR: Integrated Resort)の誘致に向けた議論に伴い、「消費支出の押し上げ」、「雇用の増加」といった経済効果や、「犯罪の増加」、「ギャンブル依存症の問題」などの社会的費用に関する議論が活発化している。
 不動産市場の観点からカジノ施設を見た場合、カジノ施設の立地が、住宅市場あるいは商業施設市場に与える影響を、どのように考えたらよいか。本稿では、諸外国における実証研究の手法・結果に関するサーベイを通じて、日本におけるカジノ施設の立地が不動産市場に与える影響について考えたい。

住宅市場に与える影響

 人々の住宅購入に関する意思決定においては、住宅の面積、建築後年数、設備機能水準、交通利便性などの種々の要因に応じて住宅価格(購入可能価格)も変化するであろう。また、周辺地域の街並みや、公園などの公共施設の有無、あるいは治安の良さや騒音などによっても、住宅価格は変化すると想定される。このような、住宅の立地・建物に関する諸々の属性によって住宅の価格が形成され、また、そこに周辺の環境や都市アメニティの水準が織り込まれるとの考え方に基づき、カジノ施設の立地が周囲の住宅価格にどのような影響を与えるかを、統計的な処理を通じて抽出する分析手法がある。
 このような枠組みに基づく最近の研究として、Wenz (2014) による米国における結果1)を見てみよう。同論文では、(1)ある地域2)の周辺にカジノ施設が立地するか否か、また、立地する場合のカジノ施設の規模および当該地域の人口密度によって、持家住宅の価格が変化するとの決定構造を分析している。(2)そして、その結果に基づき、カジノ施設が立地することで、施設の規模および地域の人口密度の平均値周りで見た場合に、住宅価格を約1%押し下げるとのシミュレーション結果を示している3)。(3)また、分析に用いた「地域の人口密度」の分布は非常に広い幅を持っているため、たとえば人口密度の平均値周りではなく、平均値よりも一定程度人口密度の高い地域の場合(平均値+1×標準偏差で見た場合)には、住宅価格を約5.5%押し下げるなど、人口密度の高い都市部ほどカジノ施設の立地による住宅価格への負の影響を受けやすいとの結果が読み取れる。
 このような米国の実証研究の結果を踏まえると、カジノ施設の立地を考える場合に、施設規模や周囲の人口密度が、日本での立地を考える場合でも重要な要素となることは、容易に想像できるであろう。


1) ただし、分析対象は、米国でカジノが合法化された州が増加した1990年~2000年のデータである。また、実際の取引価格ではなく、持主による自己査定額である点などに留意が必要である。

2) 用いられている地域区分は、Public Use Microdata Areas (PUMAs)と呼ばれる地域単位であり、たとえばニューヨーク州のマンハッタン地区を10分割するような細分化された地域区分である。

3) これらの分析・シミュレーションは、カジノ施設に“Native American casino”を含まない場合の結果である。

商業施設市場に与える影響

 商業施設の不動産価格は、収益還元的なアプローチで考えれば、その不動産が生み出す純収益をキャップレートで還元した価格と考えることができる。したがって、カジノ施設の立地が周囲の商業施設市場に与える影響として、人々にとってのカジノ施設における支出(ゲーミングに対する支出)が、周辺の商業施設における消費活動と「代替的な関係」にあるか(ゲーミングに対する支出の増加が、周囲の商業施設における飲食やサービスなど他の消費支出を減少させるか)、あるいは「補完的な関係」にあるか(ゲーミングに対する支出の増加が、他の消費支出を増加させるか)が、重要な要素の一つとして考えられる。カジノ施設の立地によって、周囲の商業施設における売上高が減少すれば、それら商業施設の価格押し下げに寄与するという考え方である。
 このような観点での研究として、Wiley and Walker (2011)による米国のデトロイトにおける2001年~2008年の商業施設取引データを分析した結果を見てみよう。同論文では、カジノ施設の収益が1%増加すると、周辺約8km以内に立地する商業施設の取引価格が平均して約1.2%押し上げられるとの結果が示されている。また、商業施設のタイプ別に影響度をみると、レストランやサービス・ステーションなど、域外からのカジノ施設への来訪客がカジノ施設の外で消費活動を行うと考えられる商業施設タイプについては、取引価格の押し上げ効果がより大きいとの結果が示されている。
 このような米国の実証研究の結果は、一部の限られた地域を対象とした分析ではあるものの、日本におけるカジノ施設の立地を考える場合に、統合型リゾート施設内あるいは施設外、それぞれに対するスピルオーバー効果を予想するにあたっても、有益な視点となるであろう。

日本版カジノの導入に向けて

 本稿で紹介した米国の実証研究成果は、諸外国における研究成果の蓄積のごく一部に過ぎない。日本版カジノの導入に向けて、国内でも各種の経済効果や社会的費用の議論が活発化する中で、誘致を目論む地方自治体や運営者候補にとっては、カジノ施設のミクロな立地特性分析を通じた正・負両方の影響の予測、都市間での比較分析が求められるであろう。日本版カジノの導入に向けて、魅力ある都市形成を見据えた今後の議論の進展に期待したい。


<参考文献>
Wenz, M. (2014), “Valuing Casinos as a Local Amenity,” Growth and Change, 45(1), 136-158.
Wiley, J. A. and Walker, D. M. (2011), “Casino revenues and retail property values: The Detroit case,” The Journal of Real Estate Finance and Economics, 42(1), 99-114.

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