マンション価格高騰は少子化を助長しないか

投資調査第2部 主任研究員 室 剛朗

 首都圏とりわけ東京のマンション価格の高騰が本格化しつつある。不動産経済研究所によれば、2014年の首都圏での販売戸数が前年比20.5%減の4万4,913戸となり、1戸あたりの平均価格は5,060万円とバブル期以降初めて5,000万円台を突破した。本稿では転換期を迎えている分譲マンション市場が社会に与える影響について考えてみたい。

 世界金融危機後の需要縮小に伴って、分譲マンション供給は縮小し、2009年以降は2000年代前半に見られた首都圏で年間10万戸の供給から約半数程度に落ち込んでいた。2013年には政権交代後の景気回復や消費増税の駆け込み需要が発生したことにより、世界金融危機前の2007年の水準を取り戻した。発売戸数が増加基調にあった分譲マンション市場に何が起きたのか。この背景には、2012年秋の自民党政権発足以降の動き、特にアベノミクス「三本の矢」が大きく関連している。まず安倍政権の第一の矢である金融緩和により輸入物価が上昇し、建設資材価格が上昇したことに加え、投資資金量の増加を通じて資産価値(地価)が上昇した。第二の矢である積極的な財政政策に基づき、公共事業の増加が急速に進んだ。公共事業の増加を主因とし建設工事関連の人員不足が鮮明になり、円安による資材価格の上昇と相俟って建築費の急上昇を引き起こした。地価と建築費の上昇というダブルパンチを受け、足元で新築分譲マンションの発売戸数の減少、販売単価の上昇(または面積の縮小)が発生している。その余波で中古マンションの価格も上昇しているという状況である。

 一方、需要サイドにおいても近年変化が見られる。近年の住宅需要において最もプライオリティが高いのは、交通利便性と資産価値の維持であることに感覚的に疑いのある人は少なかろう。ライフスタイルの変化や女性の社会進出が進み、共働き家庭が増加したことから、交通利便性がこれまでよりも重視されるようになったことはごく自然なことである。また、日本の将来は人口減少・経済も低成長を余儀なくされる可能性が高いうえに終身雇用制も崩壊、年金制度も危うい。住宅に資産価値を求める動きも、また理解が容易である。このような背景を一因とし、都心(利便性が高い・資産価値が落ちにくい)居住ニーズが急増している実態がある。しかしながら、足元で新築分譲マンションの高騰により需要が弱含んでいる。中古マンションの価格上昇も顕著であるため、購入できない層の選択肢は郊外居住か都心部での賃貸マンションか、という選択を迫られる。共働きの子育て世帯にとって、地縁がない郊外に居住し育児を行うことは、子育てのサポーター(親族など)が不在であることなど、実態として厳しい面がある。また、賃貸マンションでは賃料負担の面から考えても、ファミリー層に必要な面積を確保することは難しいのが一般的であろう。分譲マンション価格の高騰は、今後子供をもうけたいと考える世帯に難問を突きつける。

 少子化が語られる時、晩婚化や非婚化がフォーカスされることが多い。実際にそのインパクトが大きいのは疑いないことであるが、子供をもうけたいと考え、住居選択をする家庭に注目する時、安倍政権の政策は少子化に影響を与えている側面があると考えられる。経済財政諮問会議の有識者会議で議論された「選択する未来」において2020年を目処に(人口減少の)トレンドを変え、50年後も人口1億人程度を維持するということが謳われている。この目標に本気で取り組むのであれば、待機児童ゼロ化に代表される育児の「箱」を用意するだけでなく、男性の育児制度を本格的に議論することが必須であろうし、本稿で述べた住環境について方向性を示すことも必要ではないか。

 バブル期前後においては、都心に近いマンション取得は事実上難しかった。失われた20年の地価下落により、都心居住が可能な環境となってきた。しかし、今再び一般世帯が都心に居住することは極めて困難になってきている。さらに2020年には東京オリンピック・パラリンピックというお祭りが控える中で、建設供給の増加傾向は続くと考えられ、建築費の高止まりが想定される。このまま分譲マンション価格の高騰が続くとすれば、問題は深刻化する可能性もある。

 資産価格の上昇は、現在の労働環境(共働き)や生活環境(核家族化)においては少子化を誘引する要素となっていると筆者は考えている。安倍政権の住宅政策では生前贈与枠の拡大、ローン減税の拡充、中古住宅の流通促進等が挙げられるが、少子化改善の観点から、これら政策パッケージの有効性の点検が必要であろう。

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