米国ヘルスケアREIT市場の成長に学ぶ

REIT投資顧問部 兼 海外市場調査部 副主任研究員   風岡 茜

 世界のヘルスケアREIT(ヘルスケア施設特化型の上場REIT)は、米国を筆頭に、カナダ、英国、シンガポール、ニュージーランド、日本、豪州、マレーシアの8カ国で30銘柄が上場している。中でも、米国ヘルスケアREITは世界の9割超を占める最大の市場で、17銘柄で2015年末の時価総額10.9兆円(2015年末)とJ-REIT市場(2015年末10.6兆円)と同程度の規模を誇る。
 米国では、1960年に世界初のREIT市場が創設され、1970年には第一号のヘルスケアREITが上場した。米国ヘルスケアREITは、現在は小売、オフィス・産業、住宅に次いで4番目に大きいセクターとなっているが、初めから順風満帆だった訳ではない。当初30年間は規模も小さく、伝統的セクター(オフィス・商業・住宅等)ではないヘルスケアREITが投資家に受容されるには相応の時間を要した。2000年に入るまでのヘルスケアREITの扱いは、ちょうど今日でいう森林REITやインフラREITのような位置付けであったといえる。
 米国ヘルスケアREITが成長したのは2000年代に入ってからのことで、特に、金融危機後の数年間に急速な規模拡大が進んだ。これを後押ししたのが、2008年に施行されたRIDEA(REITの投資多様化と権利拡大に関する法律)である。この制度改正で、ヘルスケアREITが、ヘルスケア施設で提供するサービスから得られる収入を(賃料とみなして)受け取ることができる仕組みが認められた。
 3大ヘルスケアREIT(Welltower、Ventas、HCP)は、この仕組みを活用して収益性を向上させ、株価上昇と増資による規模拡大を繰り返す好循環の下で、ヘルスケアREIT同士の合併、オペレーター保有ポートフォリオの取得、オペレーター企業の買収などを通じて急速に大型化した。3大REITは現在、いずれも時価総額2兆円超の巨大REITとなり、米国ヘルスケアREITの7割弱を占めている。

 米国ヘルスケアREITの投資対象は、時代とともに多様化してきた。初期の米国ヘルスケアREITは、公的医療制度に基づくスキルドナーシング施設(重度要介護向け施設)を建設するための資金調達手段として誕生し、これらの施設を主に保有していた。その後、社会保障制度や社会的ニーズの変化を受け、80年代後半からアシステッドリビング(軽度要介護者賃貸住宅)やインディペンデントリビング(自立高齢者賃貸住宅)が開発されるようになり、REITはこれらの高齢者住宅の建設のための主要な資金調達手段となった。米国の高齢者住宅・施設は、現在は戦前生まれのサイレントジェネレーション(1925~45年生まれ)が主な需要層だが、2030年にはベビーブーマー(1946~59年生まれ)の需要が本格化する見込みである。世代交代に伴う新たな需要に即した施設が求められる中で、REITもそうした変化の渦中にいる。米国ヘルスケアREITは、高齢者住宅・施設以外では、医療系施設(メディカルオフィスビル、病院)やライフサイエンスなどにも投資している。また、最近ではカナダや英国などの海外の高齢者住宅・施設への投資も行っている。
 日本でも、今後の主な需要層となる団塊の世代(1947~49年生まれ)前後の需要に即した施設が求められている。これまでの日本では、家族介護が中心で介護度が重くなってから施設に入るケースが多く、主に家族が入居施設を決めていた。一方、団塊の世代は、子供がいない、または子供が近くに住んでいるが同居していないケースが多く、子供に迷惑をかけたくないという意識も強いことから、今後は介護度が重度になるより前の段階で本人が入居の意志決定をするケースが増えると考えられる。したがって、中長期的には軽度介護者向けや自立高齢者向け、またエリアも地方より都市部の高齢者住宅への需要が高まるものとみられ、これらのニーズに即した施設が開発されていくものとみられる。REITは、これらを開発するプレイヤーと連携し、スポンサーのブリッジファンド等を通じて、あるいは優先出資証券や匿名組合出資等による優先交渉権の取得を通じて、それらの物件を取得していくことが期待される。

 米国ヘルスケアREITは、起源もオペレーターの資金調達と関連が深く、高齢者住宅・施設や医療業界のトップ・オペレーターと協働関係を築いている。3大ヘルスケアREITに関しては、オペレーターとのRIDEAパートナーシップに基づき運用資産を拡大させてきた。米国高齢者住宅のオペレーターは、地域に根ざした家族経営の零細企業や非上場企業が多い。一方、上位のREITは運用経験が長く、オペレーターとの協働経験が豊富なため、これらのオペレーターに運営コスト削減や効率的な運営方法を助言する例もみられる。
 日本のREITも、オペレーターとの長期的な協働関係のもとで、信頼関係や互恵関係を構築していく必要がある。当面は、REITが取引先となるオペレーターを多様化させつつ、オペレーターの新規開発物件やM&Aに伴うオフバランス物件を取得していくことが目標と考えられる。しかし、中長期的には、REITがオペレーターの運営を支援できるよう、施設運営やオペレーター評価に関するノウハウを一層高めることが必要とされよう。REITがこうした評価能力を向上させ、事業規模や信用力だけではなく、サービスの質が高い施設やオペレーターを高齢者住宅・施設のベンチマークとして示すことは、入居者にとっての安心・安全にも寄与するものと考えられる。

関連レポート・コラム

・金融庁の委託調査(金融庁のウェブサイトにリンクします「海外におけるヘルスケアリートに関する調査研究」報告書 (2016年1月26日公表)

10兆円を突破したJ-REIT市場と日本版ヘルスケアREITの創設に寄せて (2014年12月17日)

海外のヘルスケアREIT概観 ~ 日本版ヘルスケアREITの創設に向けて (2013年4月15日)

関連する分野・テーマをもっと読む