海外市場調査部 主任研究員
風岡 茜
米国不動産市場の環境変化とプロパティ選好の変化
コロナ禍が収束し日常生活が戻る一方、インフレと金利上昇、景気後退懸念などで、米国不動産は次なる厳しい環境におかれている。ここでは、こうした中で、投資家の選好するプロパティの変化に着目する。
はじめに住宅市場の変化をみる。米国では、沿岸部主要都市の居住コストや税金が非常に高いことから、生活コストが安い南部の都市に移住する動きが以前からあったが、パンデミックによるリモートワークの拡大で米国内での居住地選択の自由度が高まり、この流れが加速した。米国内の移動トレンドを見ると、2021年はカリフォルニア州、ニューヨーク州、イリノイ州などが転出超過となった一方、フロリダ州、テキサス州、アリゾナ州、ノースカロライナ州、サースカロライナ州、テネシー州などが転入超過であった。転出超過の州は税金や住宅価格が高いという共通点があり、イリノイ州はこのほか就労機会の少なさや厳しい寒さという気候要因もある。
一方、転入超過の州は税金や住宅価格の安さ、サンベルトと呼ばれる温暖な気候が誘因となっている。そして、南部を中心に戸建の持家取得が進み、住宅価格(Zillowの住宅価格中央値)は2019年末から2022年6月末までに全米で43%上昇し、特にオースティン(テキサス州)は79%、フェニックス(アリゾナ州)は70%、タンパ(フロリダ州)は69%上昇した。しかし、金融引き締めで、低水準にあった住宅ローン金利が急速に上昇し、住宅価格の購入コストが更に高まったため、持家取得は足元で減速している。住宅価格も2022年5月以降、サンノゼやサンフランシスコなど価格水準が高い都市や、オースティンなど大きく価格が上昇した都市から順次ピークアウトし始めており、持家取得が厳しくなる中で賃貸住宅への需要が高まっている。住宅賃料は、インフレとタイトな賃貸需給を背景に2020年末から2022年Q3にかけて約2割上昇し、足元で上昇減速も高水準にあり、州政府によるレントコントロール(家賃規制)に関する議論も出ている(詳細は弊社コラム「転換点にさしかかる米国住宅市場とレントコントロール」参照)。こうした中、持家・賃貸ともにアフォーダブルな住宅が求められている。また、賃貸住宅投資では、今までマルチファミリー(賃貸用多世帯集合住宅)が主流であったが、シングルファミリーレンタル(賃貸用の一戸建て住宅)やマニファクチュアードホームズ(工場で作ってきたものを運んで組み立てるタイプの移動式組立式住宅)など今まで投資対象としてはマイナーであった住宅にも資金が入ってきており、学生向け住宅、年齢制限付き住宅、高齢者向け住宅を含め、マルチファミリー以外のオルタナティブ住宅へ裾野が広がっている。
次にオフィス市場の変化を見ていく。米国のオフィス出社率は回復基調にあるものの、パンデミック以前の半分以下にとどまっている。オフィスの復帰状況を確認する主要指標としては、Kastle System社による"back-to-work barometer"がある。オフィス出社率は2020年3月を100%とし、10大都市平均でパンデミック直後の15%前後から2021年の終わり頃に概ね40%まで回復したが、年末のオミクロン波の影響により2022年1月に20%を切る水準に低下した後、直近の10月は50%弱まで回復している。都市別には、オースティンが6割超、ヒューストンやダラスが5割超と南部の都市が10大都市平均を上回る一方、サンフランシスコ、シカゴ、ロサンゼルス、ニューヨークなど主要都市は4割強~5割弱と、都市の業種構成や通勤手段の違いなどで異なっている。主要都市では、情報系業種比率の高いサンフランシスコでオフィス復帰の遅れが目立つ一方、金融系比率の高いニューヨークは足元でオフィス復帰が進むなどの差も出ている。ただし、フルオフィス勤務、ハイブリッド勤務、リモート優先勤務、フルリモート勤務についての各企業による選択はまちまちである。フルリモートやリモート優先企業は、オフィス床の一部解約やサブリースを行うため、出社率がパンデミック以前の約半分にとどまる中でオフィス賃貸需給は緩みがちとなっている。また、オフィス需要が弱含む中で、R&D、テック、ライフサイエンス、メディカルオフィスといったオフィス、産業用施設、ヘルスケアの中間に位置するタイプ、オルタナティブオフィスへの投資が増えている。
実際、WMREが実施した機関投資家調査を見ても、1位は賃貸用集合住宅(マルチファミリー)、2位は産業用施設・物流施設となっているが、3位以下はデータセンターやセルフストレージといったオルタナティブ不動産、そしてメディカルオフィスや賃貸用戸建住宅などオルタナティブオフィスやオルタナティブ住宅がランクインしている。金利上昇や景気後退懸念など先行きの不透明感が強まる中で、より競合が少なく、より賃貸需要の安定したプロパティタイプに選好が移ってきているものとみられる。
米国不動産市場はアセットタイプ、エリアともに多様である。経済環境が大きく変化する局面では、不動産市場の変化も早くなるものと考えられ、市場動向の変化を多面的にとらえていく必要がある。
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