海外市場調査部長 上席主任研究員
安田 明宏
中国:住宅購入にまつわる「愛ある別れ」
中国では、結婚するときに新郎側が新居となる住宅を購入、準備するのが常である。結婚のために用意する住宅のことを「婚房」という。婚房を用意できなければ、結婚が破談となってしまうかもしれない。我が子の将来のため、親たちは、上がり続ける住宅価格に気をもみながら住宅購入資金をコツコツと貯金する。
その一方で、住宅を購入するために離婚する人びともいる。2016年8月中旬、昨今の過熱した上海の住宅市場に対して、9月に以下のような内容の政策が発表されるという噂が広まった。
- 住宅を保有しておらず、住宅ローンの利用記録がない住宅購入世帯については、住宅ローンの頭金比率を最低30%とする
- 住宅を保有しておらず、住宅ローンの利用記録がある住宅購入世帯については、住宅ローンの頭金比率を最低50%、金利は貸出基準金利の最低1.1倍とする
- 住宅を1戸保有し、さらに住宅を購入する世帯については、住宅ローンの頭金比率を最低70%、金利は貸出基準金利の最低1.1倍とする
- 離婚して1年に満たない住宅購入世帯については、離婚前の世帯状況に従い、購入制限政策および住宅ローン政策を適用する
最初の3つについては、2016年3月に発表された現行の政策(滬9条)の内容と大差があるわけではない。問題は、最後の「離婚後の条件」である。離婚すれば世帯は別々となり、住宅を保有していない世帯が生まれる。そうすると、2戸目として購入する住宅は1戸目としてカウントされ、住宅ローンの頭金比率は最低30%となる。しかし、9月以降に離婚して2戸目の住宅を購入した場合、離婚前の世帯として取り扱われることになるため、住宅ローンの頭金比率は最低70%となる。すなわち、住宅購入時に必要となる頭金が倍以上必要となる。
これを受けて、1戸目の住宅ローンの好条件を享受するために、8月中に離婚して住宅を購入してしまおうという考えが急速に広まった。離婚の手続きをしようとする人びとが婚姻登記中心(婚姻登記センター)に押しかけた。上海各地の婚姻登記中心は離婚の手続きに忙殺された。例えば、徐匯区では、離婚件数を1日50件に制限する措置をとったようだ。8月末の数日間で離婚手続きを行った人のうち、90%以上が住宅購入を目的とした離婚だったという1)。上海市住房保障和房屋管理局(上海市住宅保障・家屋管理局)の統計を見ると、2016年8月末の新築住宅の取引量が過去に見られないような水準となった(図表)。
8月29日、上海市当局は、公式ミニブログ(微博、Weibo)上で、上海の不動産市場の健全かつ安定した発展を確保するため、滬9条の貸出制限が堅持されるとの声明を発表した。これにより、離婚に条件が敷かれるという噂は否定された。そして、9月6日、上海市公安局は、噂の流布に関わったとされる不動産仲介関連の人物7名を拘束したと発表した。にわか離婚と住宅購入のブームは沈静化に向かい、9月以降の取引には異常さは見られない。
実は、にわか離婚ブームは今回が初めてではない。2010年後半に発表された住宅ローンの厳格化や2011年1月の住宅の購入可能戸数に関する制限(限購令)においても、住宅の購入に関連する離婚ブームが発生したことがある。また、にわか離婚ブームは上海だけの現象ではない。北京では、2013年3月に発表された不動産抑制策「国五条」の地方版細則で、売却時にかかる個人所得税が「世帯唯一の住宅を売却する場合は免税」と規定されたため、離婚後に売却する現象が発生したことがある。
いずれの場合も、社会的な現象として大々的に取り上げられたが、その後の住宅市場に与えた影響はほとんど見られなかった。今回のケースも、以前と同様の「から騒ぎ」である。住宅購入にまつわる「愛ある別れ」が映し出しているのは、根強い住宅需要であり、そして、上海の人びとの不動産に対する並々ならぬ情熱なのかもしれない。
1) 北京青年報「7房産中介造楼市謡言被刑拘」(2016年9月9日付)、http://epaper.ynet.com/html/2016-09/09/content_217534.htm、(2016年10月11日確認)
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