海外市場調査部長 上席主任研究員
安田 明宏
アジアREIT市場の最新動向-アジアの上場REITで環境への取り組みが拡大
最終回は、香港、シンガポールと中国の上場REIT市場の動向に加え、アジアで広がりを見せる上場REITによる環境への取り組みについてお伝えする。
1.香港
世界の上場REIT市場の中で、香港の低迷が際立っている。香港のREIT指数を見ると、2023年末時点で2022年末比-17.8%と他の主要市場に比べてパフォーマンスの低下が著しい。香港では、2019年の反政府抗議運動や2020年の香港国家安全維持法の施行などで国際金融センターとしての地位低下や一国二制度の形骸化に対する懸念が広がっている。加えて、足元は、中国本土の景気低迷の影響を強く受けており、本土から進出する企業数、観光客の減少、財貨貿易の減速が不動産賃貸市場の逆風となっている。不動産取引市場も閑散としており、金利高による負債コスト増が重荷となっている。
調整局面ということもあり、香港の上場REITでの新しい動きは少ない。香港で最大規模(香港の上場REIT時価総額の65%程度を占める)のREITであるLink REIT(領展房地産投資信託基金)は、2022年末にシンガポールの商業施設・Jurong PointおよびSwing By @ Thomson Plazaの取得を発表したほか(2023年3月に取得完了)、2023年3月には188億香港ドル規模の増資(ライツイシュー)を実施したが、その後の目立った物件取得などは見られない。5月には、香港証券先物委員会(SFC)の梁鳳儀CEOが香港と中国本土の上場REITの相互取引の実現可能性を探っていることを明らかにした。執筆時点では進展は見られないものの、低迷する上場REIT市場のテコ入れとして期待されよう。
2.シンガポール
シンガポールの上場REITは、国内外の不動産を積極的に取得することで成長してきたが、2023年以降、取得ペースが鈍化している。SGX Groupの「Chartbook: SREITs & Property Trusts」を見ると、2022年通年の取得事例は30件見られたが、2023年10月時点では12件にとどまっている。国内要因としては、不動産賃貸市場が好調で、特にオフィス市場で空室率の低下と賃料の上昇が続いていることや、シンガポールがセーフヘイブンとして位置づけられていることから、投資家の多くが保有を続ける結果、売り物件が少なくなっていることがあげられる。国外要因では、金利高による資金調達環境の悪化のほか、各国・地域の市況見極めで投資家が慎重な投資姿勢をとっていることが考えられる。
3.中国
2021年6月に9銘柄で始動した中国の上場REITは、当初、投資対象が「公共性」の高いインフラ施設や物流施設などに限られていたが、徐々に対象が拡大されている。2022年8月に「保障性」住宅(社会保障的性格をもつ低所得者向けの賃貸住宅)を投資対象とした3銘柄のREITが上場し、投資対象が住宅に拡大したが、「保障性」住宅の性格を考えると「公共性」は依然として高いままであった。2023年3月に投資対象として「人民の生活を守る」ための都市・農村の商業施設が加わったが、ここでも「公共性」の高さは残った。
この後、10月に投資対象が「百貨店、ショッピングセンター、農産物市場などの消費者向けインフラ」に試験的に拡大されたことを受け、2023年11月に商業施設を裏付け資産とする3銘柄のREITの上場申請が承認された。組み入れ物件を見ると、山東省青島市や浙江省杭州市などにある一般的な商業施設であることから、「公共性」は低く、商用不動産としては、物流施設に次いで商業施設も投資対象となったといえる。この背景には、不動産デベロッパーのデフォルト危機があり、資金供給を支援したい当局の判断があったものとみられる。
商用不動産で投資対象外となっているのはオフィスであるが、全国的に供給過剰にある中、景気低迷の影響でオフィス需要は弱含んでいるため、政府がテコ入れ策としてREITを利用する可能性はありそうだ。
投資対象の拡大の動き以外には、2022年12月に中証指数(CSI Index)が中証REITs指数の公表を開始している。浮動株時価総額加重型で、上海・深圳証券取引所に3ヶ月以上上場しているREITから、原則として過去1年間の1日平均売買代金が500万元を超える銘柄を対象に算出されている(執筆時点の対象は27銘柄)。指数の公表により、上海・深圳証券市場に上場するREITの総合的なパフォーマンスを見ることができるようになった。
4.環境への取り組み
最近、アジア・新興国の上場REITの間で環境への取り組みが広がっている。
フィリピンの上場REIT(以下「FILREIT」)では、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が定める環境認証(EDGE)を取得する動きが広がっている。2023年9月、FILREITは、組み入れ物件のオフィス6棟(全組み入れ物件の33%相当、面積ベース)でEDGE認証を取得したと発表、今後2年で取得率を74%にまで引き上げる目標を掲げた。不動産デベロッパーのAyala Landも同月、傘下のAREITの組み入れ物件を含め、2024年までに90万㎡、2025年までに追加で60万㎡のEDGE認証取得を目指すことを発表した。これとは別の動きとしては、2023年2月、CREITがASEANグリーンボンド(環境債)をPhilippine Dealing Exchange (PDEx)に上場させた。調達資金は再生可能エネルギー用地の拡大に充てられ、取得した土地はCREITに出資する太陽光発電事業者にリースする。
フィリピン以外では、2023年3月、インドの上場REIT・Embassy Office Parks REITがESDsへの取り組みとして30億ルピーを拠出すると発表、組み入れ物件のオフィスなどで太陽光発電設備を導入する。2025年までに再生可能エネルギーの使用比率を75%まで引き上げ、最終的には2040年までにCO2排出を実質ゼロにする目標を掲げている。マレーシアでは、2023年9月、上場REIT・Pavilion REITは、太陽光発電による電力の購入に関し、再生可能エネルギー会社5社と提携した。マレーシアのエネルギー委員会が再生可能エネルギーの利用機会を提供するプログラム・Corporate Green Power Programme(CGPP)への参加を通じ、環境への取り組み姿勢を見せている。
ESGへの取り組みに関しては、先進国・地域の上場REITが先行してきたが、今後は、アジア・新興国の上場REITにおいても、上記のような「E(環境)」のみならず、新たな成長トレンドとして、サステナブルな投資機会の創出として、「S(社会)」「G(ガバナンス)」も取り込んだ動きが広がるだろう。
(株式会社日本金融通信社「ニッキン投信情報 2023年12月18日号」掲載原稿から加筆修正)
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