ロンドンでフレキシブル・オフィスが流行る理由

海外市場調査部長 研究主幹     伊東 尚憲

 最近、コワーキングスペースあるいはフレキシブル・オフィスについて耳にする機会が増えた。海外の不動産市場でも、オフィスの賃貸借成約における上位業種としてフレキシブル・オフィス運営業者の名前が登場することが多い。特にロンドンでは、年間成約面積の2割前後をフレキシブル・オフィス運営業者が占めるようになっており、セントラルロンドンのオフィスストックの約5%をフレキシブル・オフィスが占めるまでに至っている。

 コワーキングスペースといえば、フリーアドレスのワークスペースが広がり、異業種の人達とコラボレーションしながら働く、クリエイティブでイノベーティブなイメージのある新たな空間である。
一方、フレキシブル・オフィスといった場合にはもう少し広い概念を含んでいる。フレキシブル・オフィスを大まかに定義すると、二つに分けられる。第一は前述したようなコワーキングスペースやシェアオフィスのタイプで、共用デスクや専用デスクといったワークスペースに、受付・会議室といった施設、フリードリンク、利用者同士のコミュニケーション・イベントなどのサービスが付随したものである。第二のタイプはサービスオフィスやプライベートオフィスといわれるもので、日本でも古くからあるタイプである。ワークスペースは共用ではなく、独立したカギのかかる個室を利用する。共用施設やサービスはあるが、より独立性を重視したタイプといえる。こうした二つのタイプ、あるいは複合したものを総称してフレキシブル・オフィスと呼ぶ。いずれにしても、フリーランスやスタートアップ、スモールビジネスといった人達向けに提供されてきたサービスである。

 ロンドンでフレキシブル・オフィスが流行る理由として、こうしたフリーランスやスタートアップ、スモールビジネスが盛んな都市ということもあるが、英国特有のオフィス賃貸借慣習が大いに関係している。英国のオフィス賃貸借は、10年程度の長期契約が一般的で、途中解約も難しい。更にビルの維持管理費用は基本的にテナントが負担するなど、独特の慣習となっている。企業がオフィスを借りる場合には、今後5~10年で、どの程度の従業員を雇って、どの程度のオフィススペースが必要かを想定して、広めに賃借することが一般的である。また、ビルの設備の状況などによっては予想外の出費につながりかねず、入居前の建物デューデリジェンスが重要となってくる。これに対し、フレキシブル・オフィスは、1年や2年といった短期間でも、1デスクから1フロアまで必要なスペースを、それも全ての費用を含んだ形で契約することが可能なのである。WeWorkがロンドンで開発中のフレキシブル・オフィスには、大手金融機関HSBCが1,135デスクを借りると報じられている。フレキシブル・オフィスはフリーランスやスタートアップ、スモールビジネスだけのものではなく、空間的にも契約的にもフレキシブルに対応可能なことから、大企業による活用が拡大しているのである。

 British LandやLandsecといった大手不動産会社もフレキシブル・オフィスの新たなブランドを立ち上げ、保有物件の一定面積を充てることを表明しており、大企業による大規模利用を背景に、今後ますますフレキシブル・オフィスの形態が拡大していくものと考えられる。

(株式会社不動産経済研究所「不動産経済ファンドレビュー 2019.7.15 No.503」 寄稿)

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