【海外不動産レポート】
英国:BREXITがもたらす英国不動産への影響

海外市場調査部長 主席研究員    伊東 尚憲

<概要>
  • 英国国民投票によるEU離脱という選択は、英国のみならず世界経済の先行きを極めて見通しづらいものにしてしまった
  • 英国不動産のキャッシュフロー悪化までには時間を要するが、短期的にキャップレートの上昇が予想されるため、不動産価格は調整局面入りを見込む
  • 世界的な不動産投資需要は引き続き強いと考えられるが、価格調整を待つ様子見の姿勢が強まる可能性も高い。世界の不動産取引は2015年をピークに減少に転じることを見込む

EU離脱は世界経済の先行き不透明感を高めた

 6月23日の英国国民投票でEU離脱賛成が過半数を上回ったことで、英国はEU離脱に向けて動き出した。この結果は、英国のみならず世界経済の先行きを極めて見通しづらいものにしてしまった。そうでなくとも、ここ数年、世界経済を牽引してきた米国や英国の成長率が伸び悩み、先進国に代わって世界経済を牽引する国・地域が見当たらず、世界経済の閉塞感が高まっていた中でのEU離脱のインパクトは大きい。ポンド売りや世界の株価指数下落などは反射的な売り反応と見ることもできるが、下落がEU離脱の影響を過小評価しているのか、それとも過大な評価をしているかは、現時点ではわからない。EU離脱が英国内はもとより、EU諸国や世界にどの程度の影響の広がりがあるのか? 当面は、離脱交渉や他国への波及などの情報に一喜一憂しながら金融市場の低迷が続くものとみられる。


英国不動産は調整局面入りを見込む

 そんな中、英国不動産への影響が懸念される。不動産収益面からは、英国特有の賃貸借慣行(長期契約、解約不可、アップワードオンリー(賃料改定は上方のみ)など)によって、既存テナントからのキャッシュフローが減少するまでには時間を要するため、当面、収益面での影響は軽微に止まりそうである。しかし、オフィス賃貸市場での需給は着実に悪化していくことが予想される。需要面では、金融機関や欧州への輸出の多い製造業などで、欧州単一市場にアクセスできなくなることから、欧州拠点をEU加盟国(ドイツやフランス、アイルランドなど)に移す、あるいは分散させることを検討する企業の増加が見込まれる。英国景気の先行き悪化見通しもあって、企業によるオフィス床の縮小はあっても、拡張は期待しづらい。一方、供給面では、余剰となったオフィス床を契約満了まで解約できない代わりにサブリースする事例の増加が見込まれることや、オフィス市場の好調を受けてここ数年オフィスビルの着工が増えており、今後の新規供給増加が見込まれること、などマイナス材料がある。前述のように当面の不動産収益への影響は軽微だが、賃貸市場での需給悪化が影響し、キャッシュフローは中期的に緩やかながらも着実に悪化していく可能性が高い。

 不動産投資の側面からは、不動産収益の悪化よりも早い段階から悪化が見込まれる。不動産収益を割り引いて不動産価格を算出するためのキャップレートの構成要因で考えると、世界的な低金利が継続することはプラス材料である。しかし、不動産収益の期待成長率要因は、前述のように中長期的に悪化の可能性が高い。そして、先行き不透明な英国不動産投資のリスクプレミアムが増すことで、キャップレートの上昇が予想される。キャッシュフローが短期的に横ばいを維持したとしても、キャップレートが上昇することで不動産価格の下落が見込まれる。株式等と同様に金融面での足元の過剰な反応は、次第に落ち着いてくるだろう。しかし、その先のファンダメンタルズ悪化が見込まれる英国に不動産投資を積極化させることも考えにくい。世界金融危機以降、世界のセーフヘイブンとして位置付けられ不動産投資が集中してきた英国も、混沌とした状況が続くことになり、投資対象としてはリスクの高い投資先となる可能性が高い。投資戦略もコアな投資から、価格下落とポンド安で割安となった英国不動産に投資するような、よりオポチュニスティックな投資に変化することが予想される。

 プロパティタイプ別には、これまで機関投資家に選好されてきたオフィス投資が最も影響を受けそうである。住宅投資は機関投資家から個人投資家まで幅広い需要があり、オポチュニスティックな投資対象として割安感が出てくれば見直されるタイミングがあるかもしれない。ポンド安は海外からの観光客増加につながりやすくホテル需要が増すことが期待される。一方、ポンド安による輸入物価上昇や先行き不透明感などで、消費者が消費を抑制する可能性も高く、商業施設は苦戦が予想される。


世界への影響

 EU離脱の影響は英国に止まらない。経済的な側面からは、英国の減速、EUへの連鎖、そして新興国などへ広がる可能性もある。政治的な側面からは、EU崩壊につながりかねないEU各国の動き(反EU勢力の台頭や国民投票の実施など)に一喜一憂することになりそうである。また、スコットランドの英国からの分離独立のように、世界的に分離独立を求める地域がさらに増えることも懸念材料である。米国の大統領選挙の行方も注目される。

 世界的な不動産への影響は、今後、各国で想定されるさまざまな分岐点での決定によるため、現時点では見通しづらい。ただ、各国の不動産ファンダメンタルズは世界経済の停滞の影響を受けることになる。低金利の運用難という環境下で、不動産投資需要は引き続き強いと考えられるが、価格調整を待つ様子見の姿勢が強まる可能性も高い。2008年を底に活況が続いてきた世界の不動産取引は2015年をピークに減少に転じることを見込む。


 英国の国民投票の結果によって、グローバリズムの時代が終わりナショナリズムの時代に転換して、各国が自らの主義主張を押し付けるような世界に変わらぬことを切に願うものである。

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