私募投資顧問部 上席主任研究員
菊地 暁
GHG排出量ネット・ゼロへの「移行計画」策定が急務、「適応計画」の準備も
カーボンニュートラルに向けた動きが加速している。2021年11月に開催されたCOP26では「グラスゴー気候合意」が採択され、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比較して1.5℃以内に抑えるため、各国にGHG排出量削減の強化を求めた。1.5℃目標達成には、GHG排出量を2030年までに約45%の削減、最終的には2050年のネット・ゼロの達成が必要だ。
これに先立ち、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は2021年10月に改訂ガイダンスを公表し、開示の4中核要素の「戦略」部分に移行計画を追加した。移行計画とは「GHG排出量の削減など、低炭素経済への移行を支援する一連の目標と行動を含む組織の事業戦略」である。1.5℃目標への意識の高まりを受けたネット・ゼロ宣言がみられる一方、具体性を伴わない宣言も散見される。そのため、実効性や信頼性に懸念が示されることがあり、具体的な移行計画の策定が求められている。
TCFDを設立したFSB(金融安定理事会)は、企業の気候関連開示の進捗に関する監督をTCFDからISSB(国際サステナビリティ基準審議会)に移管し、TCFDは2024年度中に解散すると発表した。ISSB基準は移行計画の内容について、事業戦略・計画にも関わる詳細情報の開示、および前提条件の開示を必須とするなど、TCFDよりも一歩踏み込んでいる。また、国土交通省から「不動産分野における気候関連サステナビリティ情報開示対応のためのガイダンス」が2024年3月28日に公表されており、移行計画の策定を求める動きについて指摘している。
不動産業界においても動きがみられる。東急不動産ホールディングス株式会社は、2023年7月に「脱炭素社会への移行計画」レポートを公表した。これはTCFD提言に沿って策定された国内の不動産業初の移行計画レポートとなる。レポートでは、マイルストーンとして2025年度にカーボンマイナス達成を目指し、さらに2019年度比で2023年度に自社のCO2排出量をScope1・2では50%、2030年度ではScope3が46.2%削減への道程が具体的に説明されている。また、オリックス不動産投資法人は、移行ロードマップを策定・公表した。移行ロードマップでは、主導的に対応が可能なスコープ1,2およびスコープ3カテゴリ13(テナント専有部分)のうち、オリックス不動産投資法人が設備管理や電力契約の権限を有する部分を中心に、総量ベースで2021年比42%のGHG排出量削減を行うとしている。
TCFD改訂ガイダンスでは、「移行計画は少なくとも5年ごとに見直され、必要に応じて更新されるべきである。」としている。また、5年ごとの移行計画の見直しに加えて、策定を忘れてはいけない計画がある。それが「適応計画」である。適応計画とは「既に起こりつつある物理的な気候変動に伴うリスクを最小化し、いかに機会を捉えるかを示した事業戦略」である。そもそも、TCFD提言は気候変動に関する財務リスクの開示を求めている。2050年のカーボンニュートラルを標榜し、官民一丸となってGHG排出量削減に取り組んではいるが、必ず達成されるとの保証はない。移行計画を中心に行動しつつ、並行して地球温暖化が加速した際の財務インパクトを把握する必要がある。そして、これが企業の持続可能性に大きな影響を及ぼすものではなく、十分な対策が出来ているとステークホルダーにアピールする「適応計画」の策定・公表が重要だ。ステークホルダーは、リスクを低減し、機会を増やすための具体的な行動、戦略やビジネスモデルに関心があり、この点からも、実効性のある「適応計画」の策定・公表が求められる。将来の不確実性への対応として、移行計画、適応計画双方の検討を開始する時期に来ている。
(株式会社不動産経済研究所「不動産経済ファンドレビュー 2024.6.15 No.666」寄稿)
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