効果測定・分析の強化でESGの取組を中身あるものに

私募投資顧問部 上席主任研究員   菊地 暁

テナント等との対話を行いつつ、最適な取組の実施が求められる
 国内不動産業界では、すでに多くの不動産運用会社(以下、「運用会社」)がESGの取組を意識し、具体的に対応している。ただし、その後の効果検証までは十分ではない場合がみられる。
 個別にみると、環境(E)の場合は、効果検証が比較的容易である。多くの運用会社が、GHG排出量の削減率の進捗を確認し、省エネルギーの効果測定を実施しており、環境パフォーマンスを時系列で開示出来ている。
 一方、社会(S)の場合は難解である。運用資産の付加価値向上を目指して、設備の導入、設置、サービスの提供が行われても、その後の効果検証に課題がある。一方通行で何かを導入するだけでは、本当に有効活用されたかが分からないためだ。定期的に効果を測定し、検証する必要がある。
 ここで効果的なのは、「対話」と「取組の見直し」をPDCAサイクルとして組み入れ、検証・再構築することである。対話には、建物利活用者、地域住民等(以下、「テナント等」)との「事業対話」と、金融機関との「資金対話」があり、テナント等との「事業対話」がより重要となる。テナント等は日々の暮らしや生業、事業のなかで不動産を利用していることから、対話を通じて課題の把握のみならず、実施した取組の検証と見直し、今後の不動産の運営・管理、活用について有効な指摘をしてくれる可能性がある。
 加えて、「対話」や「取組の見直し」には、その上流となるマテリアリティ(重要課題)を時勢に合わせて定期的に見直し、特定するプロセスが必要だと考える。その上で、費用対効果を勘案して優先順位をつけながら取組を実施し、内容をステークホルダーと共有することが肝要である。「対話」と「取組の見直し」に関するプロセスを(図表1)に示した。ESG取組内容の検討とテナントとの協働(オーナー/テナント双方の目線からのESG課題の確認、情報共有)はほぼ同時進行といえるだろう。そのうえでテナント満足度調査を実施し、結果をもとに費用対効果を考えながら、再び具体的な施策を実施していくという流れになる。

cafe_20240719-1.png

社会(S)の測定は途上、まずはトライアンドエラーを
 具体的な効果測定のプロセスを考えていこう。
 前述のとおり、環境(E)はGHG排出量の削減量等、定量的な数値が把握可能であることから、測定・分析がしやすい。例えば、欧州の機関投資家を中心につくられたCarbon Real state Monitor(CRREM)は、パリ協定の2℃・1.5℃目標に整合するGHG排出量の2050年までのPathway(炭素削減経路)を算出し、公表している。これをベースにした自社での取組に対する進捗率の計測は効果的であろう。一方で、社会(S)の効果測定は未だ途上であり課題が多い。効果測定には、アンケートを中心とした時系列による絶対評価は可能である一方、不動産には個別性があることから、相対評価がなじまない場面がみられる。
 また、計測の中心となるアンケートの実施率は決して高くはない。当研究所とARESが共同で運用会社向けに行った「不動産私募ファンドに関する実態調査」では、回答企業77社のうち「テナント満足度調査を実施している」と答えたのは、45%(2024年1月調査)に留まった。おそらく、「実施している」との回答企業の中には、アンケート調査頻度が2~3年に一度という企業も含まれているだろう。テナント満足度を高めるためのデータを得るためには、調査頻度は少なくとも年1回の実施を基本に考えたい。さらには不動産管理会社(PM会社)の協力を得て、テナントとの会合を定期的に開催するなど、直接的なヒアリングの機会を設けることが有効だろう。オーナーが定期的にテナントの声を拾い、費用対効果を考えながら次の満足度向上につなげていくことは、結果的にテナントとの信頼関係構築にもつながる取組となる。
 効果測定や分析の考え方は、国土交通省の「社会的インパクト不動産の実践ガイダンス」のなかで公表されている。(図表2)にその一部をあげたのでぜひ参考にしてほしい。社会(S)の取組事例は徐々に増えているが、その測定・分析手法は途上である。同ガイダンスでも、事後評価の手法については十分な言及がされていない。しかし、ルールや評価項目、手法の確定を待つのでは、いつまでも進展しない。大切なことは、まず社会に与えるインパクトの大小にかかわらず、取組を実施し、成果を積むことである。トライアンドエラーののちに、トラックレコードが積み上がり、ベンチマークが定まるとみている。そのため、測定・分析手法が途上である状況を他社との「差別化」の機会と考え、率先して取組む姿勢が重要である。最初は自社データによる時系列での比較、進捗確認で構わない。
 加えて、社会(S)にフォーカスしたESGの取組を実践するうえでは、PM会社の役割が重要となる。これまでの選定基準は、コスト面やリーシングスキルなどに目が行きがちだったが、ESGへの取組が重要視されるいま、テナントリレーションやアンケート実施を含めた、関連業務への対応能力により注目すべきだろう。

cafe_20240719-2.png

(綜合ユニコム株式会社「月刊プロパティマネジメント 2024.7.1 No.288」寄稿)

関連する分野・テーマをもっと読む