英国総選挙特集 政策の行方と不動産市場への影響
② 住宅政策

海外市場調査部 主任研究員     深井 宏昭

 英国総選挙特集と題したレポートの2回目では、与党保守党および最大野党労働党の各マニフェストを基に、それぞれの住宅政策の特徴・違いを整理し、今後の住宅市場への影響について見通しを示す。

● 英国における住宅市場の状況
 英国では、移民などの人口増で住宅需要が堅調な中、構造的な供給制約により住宅の新規供給が伸びず、リーマンショック後の2013年頃から、急速に住宅価格が上昇。英国金融機関Nationwideの住宅価格指数によると、ロンドンの住宅価格は、2014年に直近1年の上昇率が+20%を超えるなど、2016年にかけて急激なペースで上昇した。足元では住宅ローン金利の高騰も合わさり、ロンドンなどの大都市では、住宅を買いにくい状況が続いている。深刻な住宅価格の上昇を引き起こしている最大の要因とされる供給制約の中でも、特にグリーンベルト(ロンドンなどの大都市を囲うようにドーナツ状に設けられた開発規制対象の緑地帯。都市のスプロール化を抑制することを目的に1950年代から中央政府によって導入が奨励された)を始めとする厳しい開発規制などが批判されることが多い。現政権与党の保守党は2019年総選挙時のマニフェストにおいて、供給制約を解消し年間30万戸の新規供給目標を掲げたが、2023年における供給戸数は約23万戸で目標の水準には遠く及んでいない(図表.1参照)。今回の総選挙でも住宅供給をいかに増やすかが争点の一つとなる。
 住宅価格に加え、住宅賃料の高騰も近年は深刻な問題となっている。政府統計によるとロンドンにおける直近の賃料は前年同月比+10%以上となっており、インフレ率を大きく上回るペースで上昇している。住宅供給不足の影響に加え、英国では法律上、賃貸人が賃借人に対して優位な立場にあり、賃借人の保護が十分でないことから、賃貸人が賃料を上げやすいことも要因として挙げられる。このように英国の住宅価格や賃料高騰は問題の根が深く、選挙の行方を考えるうえでは、両党の政策が非常に重要な意味をもってくる。

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● 保守党による政策
 与党保守党のマニフェストでは、高騰する住宅価格に対して、需要面における購入支援に力点を置いた政策が掲げられた。中でも注目されるのが、2023年に終了していたHelp to Buy制度(初回住宅購入者に対して、物件価格の最大20%を上限に政府が住宅購入費用を貸し付ける制度)の復活である。これにより、住宅ローンを十分に組めない国民も、少ない手持ち資金でも住宅を購入しやすくなる。また、2022年から導入している、印紙税が非課税となる住宅価格の最低ライン引き上げ措置(30万ポンド→42.5万ポンド)についても継続の方針が示され、住宅購入における税負担の軽減を図る。
 供給面では、今後5年間で160万戸の新規供給という、前回総選挙時の水準を超える野心的な目標が掲げられた。供給増に向け、ブラウンフィールドにおける開発を重点的に行う方針で、開発手続きの簡素化も実施する。インナーロンドンなどの大都市市街地では、高層建築物を伴う再開発事業を進めることで人口密度を高めていく方針も記された。また、開発を抑制する要因となってきた規制の一部についても見直すことを表明している。EU加盟時代に導入された「栄養素中立性規則(Nutrient Neutrality Rule、生態系への影響を減らすため、開発に伴い河川に排出される窒素やリンなどの栄養素による汚染防止を義務づけるルール)」を廃止し、当規制により現在進捗が妨げられている約10万戸の住宅開発を即時に開始すること、および小規模な建設用地におけるセクション106の負担(住宅開発に伴い、デベロッパーが地域の水道や道路などのインフラ整備も一体的に行う義務を課すこと)を軽減することで中小規模デベロッパーによる住宅開発を後押しする政策も掲げられた。このような供給拡大策がマニフェストに盛り込まれている一方、グリーンベルトの解放については消極的な姿勢を維持しているほか、2022年に廃止した地方政府への新規住宅供給目標を割り当てる政策の復活については言及がなかった。
 保守党政権下では、賃借人の保護に関して、支持基盤である賃貸住宅貸主に配慮した結果、セクション21(賃借人が無過失であっても賃貸人は退去を求めることができる条文)を廃止できなかった。しかし、発表されたマニフェストでは、セクション21を廃止する方針が改めて示された。その他では、公営住宅において賃借人を強制的に退去させるルール(3ストライク制、3回不法行為が認められた場合は退去可能)を明確化し、幅広い国民に公営住宅ストックが活用されるようにする。一方、高騰する賃料に対する具体的な政策については明言されなかった。

● 労働党による政策
 労働党のマニフェストでは、住宅購入支援より住宅供給増に向けた対策に重点が置かれた。住宅供給面に関する目標は今後5年間で150万戸と、保守党の水準を下回ったものの、長年英国において課題とされてきた開発計画や土地制度に関する改革方針が示された。具体的には、2022年に保守党政権によって緩和された自治体別の供給目標制度を復活させ、自治体が供給増に向けた計画を策定するように義務づける。供給目標に達しない自治体に対しては、ペナルティとして、開発を否認する権限を奪うことも検討されている。また、自治体において開発許可手続きに従事する人員を増員するほか、用地の強制収用補償に関するルールを変更し竣工までの進捗スピードを速める方針も掲げられた。また懸案のグリーンベルトについては、保守党同様に、自然環境保全の観点から原則的には維持し、ブラウンフィールドにおける開発を優先する。しかし、グリーンベルト内でありながら緑地として質が低く住宅地とするのが適切な"グレーベルト(Grey Belt)"については、戦略的に解放を進め住宅開発を促進していく方針が示された。
 住宅購入支援に関しては、頭金を貯めるのが難しい人も低コストで利用できる包括的な住宅ローン保証制度を新設することが記されたものの、Help to Buy制度の復活を掲げた保守党とは対照的に、住宅需要面での支援は限定的である。むしろ海外投資家などによる実需以外の購入需要を抑制することで、価格高騰を回避しようという狙いが見られる。マニフェストでは、英国外居住者が住宅取得時に支払う印紙税を引き上げるほか、地元住民に対して開発物件の優先購入権を付与する制度の創設が示された。
 賃貸住宅については、公営住宅を始めとするアフォーダブル住宅の供給を増加させるほか、Right to Buy制度(公営住宅の賃借人に対し、居住する物件をディスカウントで購入する権利を付与する制度)によって公営住宅のストックが減少しないよう、賃借人による物件購入の際のディスカウント幅を縮小する方針。賃借人の保護については、保守党同様に、セクション21の即時廃止を掲げたほか、不当な家賃の値上げに異議を申し立てる権限を賃借人に付与することなども記された。

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● 両党の政策についての考察・住宅市場への今後の影響
 これまで見たように、高騰する住宅価格に対して、保守党は住宅需要面での支援、労働党は供給面での対策、と両党異なる点に重点が置かれたかたちとなった。
 需要面での支援では、保守党によるHelp to Buy制度の復活により新規住宅購入者による住宅購入ハードルが低くなるのは間違いない。しかし、過去や他国における事例を見ると、住宅需要に対する過度な政策的支援は住宅価格の高騰につながり、現在問題視されているアフォーダビリティ問題をかえって深刻化させる可能性がある点に注意が必要であろう。
 住宅供給に関しては、労働党が、自治体への介入強化のほか、聖域とされるグリーンベルトに対しても一部踏み込んだ政策を盛り込むなど、供給不足解決に向けた本気度が垣間見られる。ただし、これまで長い期間機能不全に陥っている住宅供給システムを抜本的に改革することは、抵抗勢力も多く非常に困難なミッションであり、実現可能性で不透明な部分が大きい。対する保守党も、次期政権中に160万戸の新規供給という非常にチャレンジングな目標を掲げるなど、供給面も重視する姿勢が見られた。同党が掲げる栄養素中立性規則などが緩和されることで、一時的な住宅供給の増加につながることが期待される。しかし、2022年に廃止した地方自治体の住宅供給目標制度については復活を見送るなど、壮大な供給目標に対して開発許可制度を始めとする供給システムの本丸に踏み込んだ施策に乏しい印象を受ける。
 賃貸住宅では、保守党のマニフェストにおいて、貸主が保有する賃貸物件を借主に売却した場合のキャピタルゲイン税を免除する政策など、かえって賃貸住宅ストックを減少させ、賃料上昇を引き起こす危険性をはらむ政策も盛り込まれた。一方、労働党の政策では、Right to Buyにおけるディスカウント額の見直しなどにより、特にアフォーダブルな社会住宅を始めとする賃貸住宅ストックの増加に主眼が当てられた。その意味では、労働党における政策の方が、賃料上昇の歯止めに関しては効果が大きいだろう。その他、労働党では不当な賃料の値上げに異議申し立てする権利を賃借人に付与するなど賃借人の保護に関する政策が示されたものの、レントコントロールなど一段踏み込んだ賃料上昇対策の導入には至らなかった。
 冒頭で書いたように、現在の英国では住宅価格や賃料の上昇が社会問題化している。この課題を抜本的に解消するには、住宅購入支援などの需要面での支援ではなく、持家用、賃貸用を問わず住宅の新規供給を増加させることが重要との見方が主流である。今回のマニフェストでは、両党ともに住宅供給を増加させる目標を掲げたが、住宅問題は、長期的な視野をもって取り組む課題である。まずは、マニフェストで掲げられた住宅関連の諸策(とくに供給面)が本当に実施されるかどうかで、次期政権の住宅問題に対する本気度を測ることができるだろう。

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