高級ブランドによる物件取得増加の背景に何があるのか?

海外市場調査部 上席主任研究員     深井 宏昭

 不動産取引市場の低迷が長期化する中、欧米の大都市におけるプライム商業施設取引は堅調さを維持している。取得の中心は、資金力が豊富な機関投資家だけではない。高級ブランドが自社店舗用の施設を取得するケースが近年増加しているのだ。RCAのデータを用いて、直近2年間における商業施設取得額を買い手ごとに集計すると、5位にGUCCIを傘下に抱えるKering、7位にLouis Vuittonに代表されるLVMHがランクインした。

 業界最大手であるLVMHは、同業他社に先駆けて不動産取得に本格的に乗り出した企業である。2010年代初めからは、商業施設のほか、ホテルやオフィスなどの不動産取得を活発化。パンデミックを経た2023年頃からは、本拠地のパリのほか、ロサンゼルス、ニューヨーク、東京などでもプライム商業施設を取得している。

 業界2番手のKeringは、パンデミック以前は不動産取得実績に乏しかったものの、2023年以降本社を構えるパリを中心に商業施設の取得を活発に進めている。2024年に入ってからも1月にニューヨーク5番街のビルを取得したのに続き、7月にはイタリア・ミラノの商業用ブロックを取得。LVMHより企業規模が小さいKeringでも積極的に不動産を取得している。

 このトレンドは資産価値の低迷を好機と見た投機的な取引だとする見方は適切ではない。Keringによるニューヨーク5番街の物件取得額は約9億6,300万ドルで、直近2年間の米国商業施設における個別物件取引で最高額だった。また、同社のミラノの物件取得額も、イタリアにおける個別物件取引史上最高額の13億9,800万ドルで、少なくとも安値を狙った取引とは言いにくい。また、潤沢な自己資金を用いた負債に依存しない取引というわけでもない。直近の財務指標を見ると、両社ともに前年から有利子負債が拡大し、支払い利息の負担も増加している。特にKeringは、2021年に僅か1.2%だった純有利子負債比率(純有利子負債÷自己資本)が2022年に15.6%、2023年には53.1%と大きく上昇しており、高金利の環境下において、リスクを背負いながら高額な物件を取得している様子が見て取れる。

 資金調達コストの負担が大きい昨今において、高級ブランドが不動産取得に積極的な理由は何であろうか?第一の理由として、物件の希少性があげられるだろう。プライム商業施設は、立地の重要性が非常に高く、好立地の物件は売買・賃貸ともに滅多に市場に出回らない傾向がある。少々割高な価格であっても好立地のプライム物件を確保することは、長期的な視点に立った合理的な行動である可能性がある。第二に、パンデミック以降、商業施設における「体験」が重要視されるようになった点も大きい。近年は、高級ブランドが店舗面積を拡大させ、富裕層向けのレストランやスパのほか、宿泊用の施設まで備えるケースも増加している。特に近年増加している若年富裕層の関心を引くための仕掛けづくりに対して裁量を持って取り組む意味でも、賃貸ではなく物件を保有するメリットは以前よりも大きくなっていることが考えられる。

 足元では中国の景気低迷などを受け、好調だった高級ブランドの業績にも一部に陰りが見え始めている。中国のブランド需要に期待が持ちにくくなる中、主要ブランドの欧米回帰は、新たな戦略の一つのようだ。今後は、パンデミック以降積み増してきた所有物件を活用した次の一手が、市場シェア拡大の重要なカギとなるだろう。

(株式会社不動産経済研究所「不動産経済ファンドレビュー 2024.11.15 No.680」寄稿)

関連する分野・テーマをもっと読む