新規事業開発室長 上席主任研究員
菅田 修
経年劣化が住宅賃料に与える影響とその理由
賃貸マンションの経年による賃料下落率を「年率換算で平均1%程度」と経験則的に考えている人は多い。しかし、築浅の時期と築古の時期では、経年による賃料への下げ圧力は異なるはずである。どの時期が経年による賃料下落圧力が大きくて、その下落幅はどれくらいなのか、実際のデータを基に把握していく。 |
賃貸マンションにつきまとう賃料下落リスク
リーマンショック以降、ディフェンシブアセットの代表として注目されている賃貸マンション。J-REITだけでみても2012年初には1,000棟近く(戸数にすると約66,000戸)の賃貸マンションを保有している。一般的な賃貸マンションの賃料は、オフィスや高級賃貸住宅の賃料と異なり景気に左右されにくく、景気後退局面でもNOIが安定していることが、投資対象として注目されている理由である。そういった意味から「賃貸マンションに投資する」ということは、「キャッシュフローが安定した資産に投資する」と捉えることができる。賃貸マンションを運用するファンドや実物の賃貸マンションに投資している人たちは、NOIが下落しないような運用・管理を求めている。
しかし、賃貸マンションの賃料には、築年数が経過するにつれて物件の競争力が低下していき、賃料に下げ圧力がかかる特性(経年劣化)がある。東京23区においても、近年は新規供給が低水準になっているとは言え、コンスタントに新しい物件が供給されるのが住宅市場だ。そのため、賃料が安定しているように見えても、実際には常に賃料下落リスクにさらされていると言える。賃料が景気に左右されにくい分、経年劣化による賃料変動が注目されるため、その影響度を知ることが賃貸マンションの運用・管理上、重要なことと言える。
経年劣化が賃料に与える影響は年率平均に換算すると約1%
仕事柄、様々な住宅市場関係者と話をする機会があるが、経験的に経年による賃料の下落は年率に換算すると平均して1%程度と考えている人が多い。しかし、築浅の時期と築古の時期では、経年による賃料への下げ圧力は異なるはずである。実際に、どの時期が経年による賃料下落圧力が大きくて、その下落幅はどれくらいかを把握するのは難しい。
そこで、東京23区の賃貸マンションを対象に、タイプ(2区分)×成約時期(11区分)×築年数(26区分)で区切ったアットホーム株式会社の成約事例データ(階層化データ)を用いて、572本のモデルを構築し、経年が賃料に与える影響を分析した(図表1参照)。
図表1をみると、経年による賃料の下落は3つのフェーズに分けられる。第一段階は、築3年~築10年のフェーズ。このフェーズが賃料に一番大きな下げ圧力がかかっている。築浅物件は新築物件との競合にさらされ、賃料に対する下げ圧力が大きくなっている。第二段階は、築11年~20年のフェーズ。第一段階に比べると、賃料への下げ圧力が低下してくる。新築物件の賃料と比較されにくく、築12年も築13年もあまり変わらない、と認識されることから、賃料への下げ圧力が第一段階よりも小さくなっていると考えられる。第三段階は、築21年以降のフェーズ(分析では築25年までしか扱っていない)。第二段階よりも賃料に対する下げ圧力が低下している。特に、シングル(18㎡以上30㎡未満)においては、経年による下げ圧力がほぼ解消されつつある。
このように、築年数によって賃料に対する影響度が異なっている。一方で、築0年~築25年の賃料下落率を平均すると概ね1%前後と住宅市場関係者の感覚と一致している。
築年数の経過による競争力の低下は新規供給量に影響を受ける傾向に
築年数による競争力の低下は、新規供給量による影響が大きい。分析の結果では、築浅物件が多かった2007~2009年は、第一段階(築3~10年)での経年による賃料下落幅が大きかった。これは、コンスタントに新規供給が行われる中で、できるだけ新しい物件に入居したいという需要層の意向が現れ、大量の築浅物件間での競合が激しかった結果と言える。新規供給が多いか少ないかで、経年による賃料への下げ圧力が変わることを示している。
今回は成約時期(年次)ごとに分類して分析を行っているが、交通利便性や生活利便性が高い割に新規供給があまりないエリアにおいては、経年による賃料下落が軽減されるだろう。また、今回の分析では扱っていないが、最寄り駅からの距離によって経年による賃料への下げ圧力が異なっている可能性が高い。(この点については、今後の検討課題としたい。)
経年劣化による賃料下落を軽減する管理・運用の鍵は「既存顧客」
経年劣化の分析を通じて、住宅賃料は新規供給動向の影響を受けやすいことが分かった。震災等の影響により足元の建築費が上昇していることに加え、消費税の増税によって建築コストの上昇が見込まれることを勘案すると、東京23区における賃貸マンションの新規供給は、引き続き低水準で推移する可能性が高い。そのため、マクロ的には現在の築浅物件は競争力を維持しやすいと考えられる。運用・管理している物件の築年数のフェーズに応じて、新規供給動向をにらみながら賃料下落を最小化するプロパティマネジメントが重要となる。
また、経年劣化の影響を問わず、入居者の入れ替え時に賃料が下落するリスクは大きくなる。築浅の時期であれば、新規の入居者を見つけやすいと考える人も多い。しかし、築浅の時期は賃料に大きな下落圧力がかかっている時期であるため、特に築3~10年の物件を運用・管理する際には、既存入居者が長期入居できるような対策を講じることが重要となる。ダウンタイムが発生しないようにすることは、経年による賃料下落を軽減するという点にもつながる。既存入居者を大切にする管理・運用が求められている。
□□ 理論賃料の算出方法 □□ アットホーム株式会社の成約事例データ(東京23区)を用いて、600本近くのモデルを構築し、モデル物件の理論賃料を算出した。本稿のグラフに用いたのは、モデル物件理論賃料を指数化したものを模式化したもの。モデルは、タイプ(2区分)×成約時期(11区分)×築年数(26区分)で階層化したデータごとに構築している。タイプは、専有面積によってシングル(18㎡以上30㎡未満)とコンパクト(30㎡以上60㎡未満)の2区分。成約時期は、2001~2011年を年次ごとに11区分。築年数は、築0年~築25年までの年数ごとに26区分。モデル物件とは、①最寄り駅から徒歩6分、②部屋面積がシングル25㎡、コンパクト40㎡、③所在階が4階、④都心までのアクセス時間が10分、の物件を想定。 |
※月刊プロパティマネジメント 2012年12月号(発行:綜合ユニコム株式会社)寄稿
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