金融センター・ロンドン、Brexitで地位低下はあったのか?

海外市場調査部 副主任研究員     深井 宏昭

 2020年の年末、これまで長きにわたって英国とEUとの間で行われてきた通商交渉がようやく合意に至った。交渉成立の結果、両国間の関税は引き続きゼロになるなど、当初懸念されていた「合意なき離脱」という最悪のシナリオは回避し、世界を騒がせたBrexit問題はソフトランディングで決着することとなった。

 2016年の国民投票におけるEU離脱派勝利以降、英国、特にロンドンにおけるオフィス賃貸市場は中長期的な低迷が続いてきた。Brexitに伴うEUとの交渉が難航し合意なき離脱の事態に陥ることで、国内から多くの企業が流出し英国およびロンドンにおける国際競争力の低下が懸念されたためだ。中でも、Brexitによる影響がもっとも深刻であると予想された産業が金融である。ロンドンは、言わずもがなニューヨークやシンガポールと並ぶ世界的な金融センターの一つである。しかし、Brexitを機に、多くの世界的金融機関が欧州の拠点をロンドンから大陸に移すのではないかと不安視された。最悪のシナリオの場合、ロンドンの金融従事者40万人のうち、約60%にあたる23万人程度が他国に流出するとした予測結果などもあり、当初はBrexitによるロンドンの金融市場ひいてはオフィス市場への影響は計り知れないと考えられていた。

 だが、Ernst & Youngによる金融関係従事者の動向に関する調査によると、現段階において他国に流出した(またはする予定)金融従事者の数は英国全体で7,600人にとどまっている(2021年3月時点で判明分のみ)。これは英国全体の金融関係従事者数のうちわずか0.7%にすぎない。ロンドンにおける金融セクター従事者数についてOffices for National Statisticsの統計を見てみると、Brexit国民投票が行われた2016年6月の39万人から2020年9月には40万人強へむしろ増加している。また、Financial Timesの最近の調査によると、ロンドンにすでに拠点を置くメガ金融機関の中で、BNPパリバ、UBS、ゴールドマンサックス、三菱UFJなどはロンドンオフィスにおける勤務者を直近5年間で増やしている。こうした増加の背景には金融規制強化やIT化への対応による人員強化という側面もあるのは事実だが、少なくとも当初懸念されていたような金融産業の大幅な縮小という現象は見られていない。現時点において金融セクターへの影響は想定よりもかなり限定的な規模にとどまっていると言える。

 2020年12月に英国とEUとの間で合意に至った交渉においては、金融サービスに関する部分は後回しにされており、当分野における交渉は現在も継続するなどリスク要因があり、今後について楽観視することは難しい。それでも、英国シンクタンクZ/Yenによる最新の世界金融センターランキング(2020年9月)において、ロンドンはニューヨークに次ぎ世界第2位の地位をキープするなど、少なくとも現時点において金融センターとしてのロンドンの魅力(強力な都市インフラ、高度人材へのアクセス、英語圏など)は依然として失われていないようである。そんな中、ロンドンの金融系コンサルタント会社Bovillによると、アイルランド、フランス、ドイツなどにおける金融機関のうち、現時点で英国に未進出の約1,000社が今後オフィスを英国に初めて開設する意向であるという。大陸側の金融機関にとっては、Brexitによって英国市場へのアクセスが悪くなったことで同国に拠点を置く必要性が増加したためと考えられる。こうした行動は、事前にはあまり予測されていなかった現象であり、今後の英国とEUの交渉にも影響を与えそうである。

 英国政府は現在、ロンドン株式市場への上場ルールの緩和に向けた動きを見せるなど、世界的な金融センターを核とした高成長産業の育成、企業誘致政策に力を入れる方針を示している。今後もロンドンが金融センターとして確固たる地位を維持できるのか、EUとの交渉の行方や、英国政府の打ち出す政策の動向にも注目していきたい。

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