英国不動産市場への影響は?注目される3つの政策

海外市場調査部 主任研究員     深井 宏昭

 2022年の英国では、スキャンダルや政策の失敗などにより首相が2回交代するなど、政局の混乱が続いた。政治の安定化、インフレ抑制などの課題に対して、現スナク政権がどのように対応していくのかに関心が集まる中、不動産分野における政策についてもいくつか注目すべき動きが見られる。本コラムでは、英国政府によって今後実施が予定されている、または検討されている政策のうち、不動産市場に大きな影響を与える可能性がある3点を紹介する。

【事業税における課税ベースの見直し】
 英国では、住宅以外の商用不動産に対し、不動産評価額(実勢に基づいた標準賃料をもとに算出した課税標準)を基準に事業税(Business Rates)が課されている。日本の固定資産税と似た税金であるが、英国の事業税は不動産の所有者ではなく、使用者に対して課されるのが大きな特色である。課税のベースとなる標準賃料については、定期的に見直しが行われるが、昨年標準賃料が6年ぶりに見直されたことで、2023年4月からは事業税の課税額が大きく変更されることとなった。新しい標準賃料は、近年のマーケット動向を受け商業施設において減額された一方、物流施設においては大幅に引き上げられた。
 不動産仲介会社によると、ロンドン市内のOxford StreetやCovent Gardenなどの商業施設では、40%近く標準賃料が引き下げられる見通しとのこと。これにより一部のテナントは店舗面積拡大の動きを見せるなど、停滞が続いてきた賃貸市場にも活気が戻る兆しが見られる。一方、物流施設においては、需給バランスが逼迫しているロンドンやSouth Eastなどの地域を中心に30%以上標準賃料が引き上げられる見込みで、景気後退の影響も重なり、これまで好調が続いてきた物流施設の新規需要も短期的には縮小に転じる可能性がある。

【商用不動産に対する環境規制の実施】
 英国の商用不動産に対しては、建築物のエネルギー効率性について最高のAから最低のGまで7段階での格付けを取得することが義務づけられているが、2018年以降Fランク以下の建築物を新たに賃貸することが禁止されてきた。そして2023年4月からは、既存テナントを含めFランク以下の建築物は全面的に賃貸することが禁止される。
 最新の現地情報によれば、現在、ロンドン中心部におけるオフィスストックのうち、いまだ10%弱(物件数ベース)がFランク以下の格付となっている。これらのオフィスビルは2023年4月までに改修などによってエネルギー効率性の格付を上げることができない場合、賃貸市場から退場を余儀なくされることになる。しかし足元では、記録的なインフレに伴い建築物の改修コストも上昇しており、改修が行われず座礁資産化するオフィスビルが一定程度発生することが見込まれている。
 また、足元では環境性能が高いプライムビルにおいて、需要集中による賃料の上昇が続いている。今後、賃料支払い能力が低い小規模テナントを中心に、賃貸面積の削減やフレキシブルオフィスへの切り替えが行われるケースが増加すると見られ、英国オフィス市場は需給両面で縮小に転じる可能性が高い。さらに、2030年には当規制が大幅に厳格化(Cランク以下の建築物は賃貸禁止)されることが予定されており、建築物に対する環境規制が強まる中、英国オフィス市場のこれからに注目したい。

【政府が住宅供給増加に向けたルールの一部を緩和へ】
 都市のスプロール化を防ぐ目的で指定されるグリーンベルトを始めとする開発規制や、裁量的な開発許可制度などに起因する、慢性的な住宅供給不足の解消に向け、英国政府は2012年にNPPF(National Planning Policy Framework)を制定した。NPPFでは、England全体で年間300,000戸の住宅新規供給目標(ネットの供給)の達成に向け、各地方自治体に対し新規供給数の野心的な目標を設定させたほか、将来の住宅供給増加に向けた地域計画の策定を義務づけた。目標に達しなかった地方自治体に対しては罰則が科される厳しい政策に否定的な声も多かったが、一定程度の効果が見られた。2019-2020年にはEnglandにおける住宅新規供給は219,120戸で、目標の300,000戸には達しなかったものの過去40年間で最高の供給水準となるなど、深刻な供給不足は徐々に解消に向かっていた。
 しかし2022年11月、地方に大きな負担を強いる現行制度に対して、与党保守党の一部の議員が反発。政府は政局への影響を考慮し、反発した議員の案を盛り込んだNPPFの改正案を示した。改正案は、新規供給目標達成に向けた自治体の義務や未達成の場合の罰則などを大幅に軽減・緩和するもの。英国住宅メーカー連合(HBF)の試算によると、当改正案が正式に決定した場合、年間77,000戸程度の新規供給が失われるとされている。新規住宅供給の減少は住宅価格を押し上げる要因となり、社会問題化する住宅価格の高騰が一層深刻化することが懸念される。

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